生きがいについて

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「生きる」ということを深く考えるときには
この名著が よりどころとなり 大いなる手がかりとなりました。

美智子皇后の相談役などの逸話でも知られる神谷美恵子さん
1958年から14年間 長島愛生園で精神科医として勤務。
ハンセン病への偏見や差別(強制隔離)により
生きることへの苦悩や不安を抱える人たちに寄り添い
「生きる」とは何かを思索し続けていました。

人間の命の 魂の 美しさに触れたい
人間が生きる甲斐を感じさせるものは いったい何か
感じてみたい方は ぜひ 一読することをおすすめします

本書の一部をご紹介します

生きることの目的とか効用というものを一切はなれた純粋なよろこびが経験されることは 大人になるにしたがって少なくなってくるが 大人の中では詩人のような人が一番これを味わいうる人種であろう。

ベルギーの象徴派詩人ヴェルハーレンの「よろこび」はそのよい例である。

おお、燃えあがる朝にはじまる美しき日よ
烈々として壮麗なる大地ほこらかに
めざめたるいのちの香り強くはげしく
存在はすべて酔いしれ、よろこびにおどる。
ありがとう、わたしの眼よ、
すでに老いたる額の下でなおも澄んだまま
はるかにきらめく光を眺めうるを。
ありがとう、わたしのからだよ、
疾風やそよかぜにふれて、
なおきりりとしまり、おののきうるを。
すべてのもののなかにわたしは在る、
わたしをとりまきわたしにしみわたるすべてのなかに。
厚き芝生よ、かそけき小径(こみち)よ、
樫の木々の茂みよ、かげりなき透明な水よ、
あなたがたはわたしの記憶であり、わたし自身となる。
おお、熱き、深き、強き、やさしき跳躍よ、
もしそれが巨大な翼のように君をもちあげ、
無限へとむかわせたことがあるならば、
ひとよ、つぶやくな、不幸な時でさえ。
どんなわざわいが君を餌食にしようとも、
思え、ある日、ある至高な瞬間に
この甘き、おどろくべきよろこびを
心おどらせてあじわいたるを。
君の魂が君の眼にまぼろしをみせ、
君の存在を万物のなかにとけこませ、
このたぐいなき日、この至上の時に
君を神々の似たものとなしたるを。

ふつうの大人においてこうした純粋な「生きるよろこび」が一番あざやかにあらわれるのは
初めての子を生んだ直後の母親の、存在の根底からふきあがるような喜悦であろう。

子どもにとっては「あそび」こそ全人格的な活動であり、真の仕事、すなわち天職なのであるから
そこで味わうよろこびこそ子どもの最大の生きがい感であろう。

官能的な陶酔もまた生命力の発現であり讃歌であることはたしかであるが
人格的な愛から切り離されている場合にはその輝きは線香花火のようにはかない。

生きがい感はただよろこびだけからできているものではない。
さまざまの感情の起伏や体験の変化を含んでこそ生の充実感はある。
生の内容がゆたかに充実しているという感じ、これが生きがい感の重要な一面ではないか。
ほんとうに生きている、という感じをもつためには
生の流れはあまりになめらかであるよりは
そこに多少の抵抗感が必要であった。

ひとは自分が何かにむかって前進していると感じられるときにのみ
その努力や苦しみをも目標の道程として
生命の発展の感じとしてうけとめるのである。
人間はべつに誰からたのまれなくても、いわば自分の好きで
いろいろな目標を立てるが
その目標が到達されるかどうかは真の問題ではないのではないか。
ただそういう生の構造のなかで歩いていることそのことが必要なのではないだろうか。

生きがい感のなかに自我感情がふくまれていることは明らかである。
ほかならぬこの自分が生きている意味があり
必要があるのだ、という感じである。

生存充実感への欲求が変化への欲求と
密接につながりのあることは前章でのべたとおりである。
(自分や他者、植物などの成長変化が生きがいと感じることが多い)

未来がひろびろとひらけ
前途に希望の光があかるくかがやいているとき
その光に目を吸いつけられて歩く人は
過去にどのようなことがあったにしても
現在がどんなに苦しいものであっても
「すべてはこれからだ」という期待と意気込みで心にはりをもって
生きていくことができる。
愛に生きるひとは、相手に感謝されようとされまいと
相手の生のために自分が必要とされていることを感じるときに
生きているはりあいを強く感じる。

肉体的機能が制限された人は
かえってエネルギーと注意が許されたせまい「生存の窓口」に集中して
密度の高い精神的な産物をつくり出しうるのであろう。

人間の心のなかにある執着、衝動、感情などが
外側のものよりもなお一層つよく深刻にひとをしばりつける。
奴隷のエピクテトスが精神的に自由人でありえたのは
何よりも彼が自己に対する自由を持っていたからである。
また対人関係も、愛情や恩や義理などの力でひとを精神的な奴隷にする。
その他、時間や運命などまで考えに入れたら
人間が自由を発揮する余地はどこにかるかと問いたくもなる。
自由を得るためには、さまざまの制約に積極的に抵抗を試みなくてはならない。
それが大変だから「自由から逃走」することにもなる。
自由から尻込みする心の根底にあるものは、あの、安定への欲求ということであろう。
社会的安定を失い、仲間外れにされることは
それらの欲求の不満以上に危険なこと
すなわち生存そのものを危うくすることだからであろう。
オルテガの言うとおり
ひとはいわば自由を強いられているともいえる。

人間もまた外的条件に恵まれないときには
なるべく抵抗を少なくして
エネルギーの消耗をふせぎ
なんとかその時期をやりすごすほうが全体からみて得策のことがある。
鳴りをひそめ、小さくなって時期の到来をうかがうその姿は
一見消極的にみえても
内に強靭な自由への意志を秘めている。

生きがいの特徴

生きがいというものが生活をいとなんでいく上の
実利実益とは必ずしも関係がないということである。
いわば一種の無駄、またはぜいたくともいえる一面がある。

生きがい活動は「やりたいからやる」という自発性を持っている。
単に「させられる」ものではなく
ウォーコップのいう「生きた挙動」である。

生きがいというものは、まったく個性的なものである。
借り物やひとまねでは生きがいたりえない。
それぞれのひとの内奥にあるほんとうの自分にぴったりしたもの
その自分そのままの表現であるものでなくてはならない。

生きがいはひとがその中でのびのびと生きていけるような
そのひとの独自の心の世界をつくる。
何が価値があるか、何が優先すべきか、ということがはっきりしているとき
そこには統一があり、秩序があり、調和がある。

生きがいを失った人間が死にたいと思うとき
一番じゃまに感じるのは自己の肉体であった。
しかし実際はこの肉体こそ本人の知らぬ間にはたらいて
彼を支えてくれるものなのである。
さらにいうならば、その生命力の展開を可能ならしめている時間こそ恩人というべきであろう。

盲目の一患者は一輪のさくらを「舌と唇で愛し、そこから故山に匂う桜を見た」といい
これを「静かな花のうたげ」とよんで、悦びを表現する。

文盲であった死刑囚が 死の数日前に書き残した俳句。
「絵を描いてみたい気がする夏の空」
「キャラメルでハエと別れの茶をのんだ」
「つばくろよはとよすずめよさようなら」
「私わことばや字をならいながら俳句お自分の友だちとおもいべんきょうしています。俳句はさびしい私のきもちをいちばんよくしってくれる友だちです。」
この共感には現実の世界でのひととのやりとりのような
なまなましさはない。
それはもっとちがった世界での多分のインパーソナルな色彩をおびており
そのために、かえってすべての生物、無生物にまで共感がいきわたっている。
じっと眺めてあじわう観照の眼には周囲の自然もひとも
すべてつきぬニュアンスのゆたかさをあらわしてくる。
自分の心さえ風物のひとつとして
自分の中にあるみにくいもの、どぎついもの、おかしなものさえも
遠いところにひきはなし
微苦笑のうちにじっとみつめることを可能ならしめる。

ひとを真に支えうるような愛は
ベルグソンのいう、あの「開かれた魂」の愛にちがいない。
それはおそらく、精神化と社会化の最も微妙な組み合わせなのであろう。
同時にまた、もっとも個をいつくしむものであろう。
たがにかけがえのないものとして相手をいとおしむ心
相手の生命を、そのもっとも本来的な使命にむかってのばそうとする心
そのために自分の生が意味を持つことを感じうるよろこび。

さいごに

ひとたびこの世からはじき出され、
虚無と絶望のなかで自己と対面したことのあるひとは
ふたたび生きがいを見出しえたとき
それがどこであろうとも
自己の存在がゆるされ
うけ入れられていることに対する感謝の思いがあふれているにちがいない。
もっともささやかな日常のよろこびも
あの虚無の闇を背景に、その光と比呂のかがやきを増すであろう。
陽の光も、木の葉のさやぎも すべて自己の生を励ますものとして感ぜられるであろう。
そしてたとえもし現世のなにごとにも、なんびとにも
自分が役に立ちえないとしても
いいあらわしがたいあの「瞬間」に
至高の力に支えられているのを感じたならば
その力のなかでただ生かされているというだけで
しみじみと生きがいをおぼえ
その大いなるものの前に自己の生命をさいごまで忠実に生き抜く責任を感じるであろう。
たとえもし自分で自分の生の意味がわからなくても
その意味づけすらも大いなる他者の手にゆだねて
「野のすみれのように」ただ大地にすなおに咲いていることに
やすらぎとよろこびをおぼえるであろう。

 

 

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