思考の整理学

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外山滋比古(とやま・しげひこ)先生
お名前のインパクトも大きい方です
1923年11月3日 愛知県出身 言語学者、評論家、エッセイスト
御茶の水大学教授の文学博士

残した言葉
「誠実な行き当たりばったりは、良からぬ思惑にまみれた仕事の筋を通すよりも少なくとも人間的である」
「頭を空にしないと新しいことが入らないのは道理ですよ。また異分野の友人は積極的に作るべきですが、飽きたらさっさと他へいくのが、お互いのためです」
「自由を求めるのは本能的であり、それを抑制するのは理性的、社会的である」
「いくら人の模倣がうまくなっても、教育は自分が誰か、何者かは教えてくれません」
「時間は流れていく。そのことそのものが人の心にいろんな考えや思いを与えて整理を難しくしてしまう」

本書は 人間の思考(思うとはなにか・考えるとはなにか)と教育や生活習慣について述べられています
とても読みやすい内容です(よく整理されています)

約200ページの中から 一部分だけを ご紹介いたします

制度としての学校ができてしまうと
各人の自発的な学習意欲を待っているわけにはいかない。
就学年齢がきまっている。
そのときいっせいに学習への準備ができているはずはないけれども
ひっぱるのには いっせいでないと不便だ。
ひっぱられる方はなぜひっぱられているのかよくわからないままひっぱられる。
この習慣は強化されこそすれ
弱まることはない。
そればかりか社会へ出てからも
勉強とは教える人がいて読む本があるもの
と思い込んでいる。

いまの学校は教える側が積極的でありすぎる。
親切でありすぎる。
学習者はただじっとして口さえあけていれば
ほしいものを口へはこんでもらえるといった依存心を育てる。
学校が熱心になればなるほど
また、知識を与えるのに有能であればあるほど学習者を受け身にする。
教えないことが、かえっていい教育になっている。
はじめから意味をおしつける。
疑問をいだく、つまり、好奇心をはたらかせる前に教えてしまう。

外国に「見つめる鍋は煮えない」ということわざがある。
早く煮えないか早く煮えないか
たえず鍋のフタをとっては
いつまでたっても煮えない。
しばらく放っておく時間が必要だ。
考えるときも同じことが言えそうだ。
あまり考えつめては問題の方がひっこんでしまう。
すぐ答えの出るようなものはたいした問題ではないのである。
本当の大問題は、長い間、心の中であたためておかないと形をなさない。
いつも心にはあった。
あたためていたのである。
結晶になっているからである。
余計なものは時の流れに洗われて風化してしまっている。
長い間、心の中であたためられていたものには不思議な力がある。
寝せていたテーマは、目を覚ますと、たいへんな活動をする。

エリオットの「インパーソナル・セオリー」(没個性説)
酸素と亜硫酸ガスを一緒にしただけでは化合は起こらない。
そこへプラチナを入れると化学反応が起こる。
ところが、その結果の化合物の中にはプラチナは入っていない。
プラチナは完全に中立的に、化合に立ち会い、化合を起こしただけである。
詩人の個性も、それ自体を表現するのではない。
その個性が立ち会わなければ決して化合しないようなものを
化合させるところで”個性的”でありうる。

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